アメリカを経済大国に伸し上げたペトロダラーシステムが崩壊している、とどこかで見聞きしたかもしれません。
ここではペトロダラーシステムのこれまでとこれからをお伝えしたあと、「果たしてシステム崩壊が起きていると言えるのかどうか?」を検証するトピックとしてアメリカ経済をデータで深堀しています。ご参考ください。
▼動画版▼
ペトロダラーのこれまでとこれから
ペトロダラーのこれまでとこれからについて以下5つをお伝えしています。
- ペトロダラーシステムのはじまり
- 石油取引で米ドル資産にたどり着く仕組み
- 2019年サウジアラビアの爆発的な行動
- ロシアの ウクライナ侵攻後のBRICS
- 2024年6月SNSで投稿された謎の「ペトロダラー終焉」ポスト
ペトロダラーシステムのはじまり:ワシントンリヤド密約
1974年のワシントンリヤド密約からペトロダラーシステムが幕開けし、経済大国アメリカが始まる。
1971年のアメリカはベトナム戦争によって財政が圧迫され、金(gold)が国内から消えてドルと交換できなくなり「ドルと金の交換停止」を発表したことで大混乱が起きていました。
インフレ率は10%、株価は半分もの価値を失い、崖っぷちと言って良いほどの状況で、当時のニクソンアメリカ大統領はサウジアラビアに対し以下のような密約を取り付けることでアメリカの一命をとりとめました。
ワシントンリヤド密約の一部
アメリカはサウジアラビアから石油を購入する。
そしてアメリカは、サウジアラビアを隣国・アラブ諸国の脅威から守る。サウジアラビア国家と王を守るし、兵器と軍事力での支援も惜しまない。
その見返りとして、「石油のあらゆる取引で、アメリカドルを決済手段として使うこと」が必須。
アメリカはサウジアラビアが隣国の脅威に怯え兵器を必要としていたことと、自国経済とアメリカドルの安定が必須であったことを「需要と供給」ととらえました。
ココがポイント
崖っぷちの窮地で大胆な策を打った結果吉と出て、その後50年にわたりドルは揺るがない基軸通貨としての地位を築くことになります。
どこかの国が石油を買うと米ドル資産にたどり着く仕組み
アメリカのペトロダラーシステムはそれにとどまりません。
アメリカがサウジアラビアから石油を購入し、アメリカがサウジアラビアに兵器と軍事力の支援を行いつつ対外的脅威から守る代わりに以下をリベートとして同意させたのです。
ココがポイント
石油を販売した収益を米国債に変え、アメリカ政府の支出として資金調達源にする。
サウジアラビアのファサイル国王は、以下を恐れアメリカに「米国債の購入を極秘にすること」でワシントンリヤド密約に合意したと言います。
「アメリカ国債を買ったとしても、結局回りまわってそれがアメリカによるイスラエルの軍事支援になるのではないか?そうだとしたら米国債の購入は絶対に対外的に漏れないようにしなければならない」
米国債を最も保有している国は日本、中国、イギリスと公表されています。
サウジアラビアについては普通の入札方法によるものではなく、履歴が公開されない特殊なやり方を採用しているため、「米国債を保有する国」にはカウント”されていなかった”訳です。
※2016年にOPEC諸国におけるアメリカ国債の保有高が公表されました。サウジアラビアの2016年時点でのアメリカ国債保有高は約1170億ドルだったそうです。
2023年時点でのアメリカ国債保有高は以下のとおり
- 日本:1兆14億ドル
- 中国:8163億ドル
- イギリス:7537億ドル
- サウジアラビア:108億ドル
サウジの米国債保有高、「どうも少ないように思える」のですがこれが公表です。
日本アメリカのATM?
このペトロダラーによる仕組みが構築されたのち、OPECのすべてのメンバーもペトロダラーを採用するようになりました。
石油をアメリカに売ったのち、米ドル債を購入する、つまり石油を売った国々は最終的にアメリカの資産にたどり着くようになりっている、これがペトロダラーシステムの本質です。
ニクソンが打った一手ワシントンリヤド密約は、50年の間アメリカを経済大国へと導きました。
「ドルがないということは血液がないことと同じ」という状態にしてOPEC諸国の手綱を握り、のちにこの力を礎にしてアメリカは名実ともに世界の覇権国となって行ったのです。
2019年サウジアラビアの驚くような動き
「アメリカがOPECにおいて反トラスト法違反で訴訟を起こすことを容認する法(石油生産輸出カルテル禁止)を可決すれば」、石油をドル以外の通貨で取り扱う。
サウジアラビアはOPEC諸国に根回しをしてこの通告をしたわけです。
サウジアラビアは長年アメリカに対してストレスがたまっていたのだろうなと推測できます。もちろん勝算がなければアメリカにこんな警告はできません。
それもそのはずサウジアラビアでは、石油をめぐって以下のように3つの変化がありました。
サウジアラビアをめぐる石油の動き
- 1973年以降2000年半ばまでサウジアラビアの石油の最大の輸入国はアメリカだった
- シェール革命の2010年代以降アメリカにおける産油が激増、2014年世界最大の産油国がアメリカとなる
- サウジアラビアの輸出の1/5が中国となり、最大の輸出先となる
サウジアラビアにとってアメリカはもはや石油の最大の取引先ではなくなっており、アメリカ自身が世界最大の産油国となって、ワシントンリヤド密約の合意があった時代の需要と供給のバランスはすでになくなりました。
ココがポイント
つまり「上客中国との石油の取引でわざわざアメリカドルで決済をする義理」がかなり薄れてしまったのです。
ウクライナ侵攻後のBRICS
ロシアによるウクライナ侵攻の直後、アメリカはロシアに対して国際送金網であるSWIFTからロシアを排除・手厳しい金融制裁を行いました。
この金融制裁は新興国を震撼させ、新興国はアメリカから離れ始めます。
具体的には「石油の取引を行うにあたりこれまでアメリカドルで決済していた慣行を変える」という動きを見せています。
金融制裁を受けたロシアでは人民元口座と取り扱いが増えたものの、ロシアルーブルと中国人民元の外国為替市場ペア別取引高シェアにおいて項目にも上がらないほどの率です。
2024年SNSで投稿された謎の「ペトロダラー終焉」ポスト
サウジアラビアのアメリカ離れの望みは積もり積もっており、2国のこれまでのつながりは「いつ切れてもおかしくない」と言えるほどだったかもしれません。
噂レベルに過ぎないSNSポスト
そして2024年になりSNSのXでペトロダラーにまつわるじつに不思議なうわさが立ち始めました。
「サウジアラビアがドル建てによる石油の取引を終わらせる」といったトピックがなぜかXで話題になっていたと言います。
SNSレベルの話ではあるのですが、2024年6月9日に50年にわたるアメリカサウジ間での合意の期限が切れるといった噂レベルの話が湧いていました。
ココに注意
1974年の合意から始まったアメリカとサウジアラビアの50年に及ぶ関係が2024年ついに終焉を迎えたのかどうか、残念ながらSNSレベルでのトピックにとどまり、残念ながら本当かどうかも定かでありません。
サウジアラビアがアメリカドルに強烈なストレスを抱えていたのは確かだとしても、これまで慣行に反した国に手厳しい制裁を加えてきたアメリカに対しあまりに強気な態度だと思わないでしょうか。
この強気な態度の深層にはBRICS通貨構想が考えられるでしょう。そのくらい強い勝算がないかぎり、とてもとてもできるはずもない強行手段に見えます。
ロシアの大統領補佐官であるユーリ氏は、BRICS通貨構想について以下のように発言していました。
BRICSの5か国で独自の決済システムを実現したい。デジタル通貨でありシステムはブロックチェーンを採用する。 政治的な意味合いがなく、あらゆる立場の人にとって利便性がよく、コスパも良いのが理想的。
実際、BRICS通貨がいつリリースされるのか分かりません。ユーリ氏が言うBRICS通貨は悪くはなさそうな気もします。
2024年秋に予定されているアメリカ大統領選に立候補者として知られるドナルドトランプ氏は、ドル離れを許さない姿勢を取っており、今後どのようなアメとムチの戦略を仕掛けてくるのか、ある意味見ものではあります。
データでアメリカ経済大国を深堀・そんなにすぐに崩壊しない強さがある
しかしながら、いくらペトロダラーシステム離れが起きていると言われても、アメリカの経済大国ぶりは圧倒的です。
ここからは以下の3つの視点でアメリカ経済を深堀していきます。
- 世界の時価総額ランキング
- 名目GDP
- 対米ドルのペア取引高シェア
世界時価総額TOP50に見るアメリカ経済の強さ
アメリカ経済の強さを世界の時価総額TOP30のランキングで見てみようと思います。
TOP30のうち20社がアメリカ企業が占めており、「アメリカ圧勝」以外の何物でもないといった時価総額ランキングです。
特に上位10社のうちApple、Microsoft、amazon、 Alphabet(GOOGLE)、NVIDIA、META(FACEBOOK)についてはIT企業で、10年前比で見るといずれの企業も驚異的な伸びです。
G(google)A(Apple)F(FACEBOOK)A(Amazon)M(Microsoft)が10位圏内を圧巻、この5社にテスラとエヌビディアを加えた7つの企業は、マグニフィセント7と呼ばれるようになっています。
次はこのマグニフィセントセブンの売り上げ高と純利益です。
Sales=売上高 NET=純利益
もっと詳しく
※29位に日本のトヨタがランクインしていますが、円安ドル高の影響でアメリカでの販売が伸びていると言われています。
GDPにおけるアメリカ経済の位置づけ
アメリカGDPの推移
- 2019年:21兆5千億ドル 前年4.19%増
- 2020年:21兆3千億ドル 前年-0.92%減
- 2021年:23兆6千億ドル 前年10.65%増
- 2022年:25兆7400億ドル 前年9.11%増
- 2023年:27兆3500億ドル 前年6.27%増
2020年はコロナの影響でマイナスとなっていますが、「衰退を知らないアメリカ経済」と言って過言でないでしょう。
ココに注意
中国の不動産業大手ディベロッパーである恒大の経営破綻の波及は2024年に至ってもいまだ未知数です。
そして世界のGDPに占めるアメリカのGDPの割合は2019で24.4%、G7で見るとアメリカのGDPは58%を占めています。
アメリカ経済崩壊などといったフレーズは最近耳にする機会はどちらかと言うと増えてはいますが、GDPから見ても「アメリカは強い」の一言に尽きます。
ドルの扱い高にみるアメリカドルの強さ
世界の貿易では8割が、そして外国為替取引の9割がドルで取引されています。
貿易・海外不動産投資・企業が海外を拠点にして行う商業活動、投資など外国為替を介して売買が行われています。
どの通貨で売買が行われるかが決定され、自前の通貨でない場合は他の国の通貨を交換しなければなりません。
ココがポイント
アメリカドルは世界中で行われる取引のうち、依然として9割近くを占める通貨となっています。
2023年では人民元のシェアは3.5%程度と言われており、世界の基軸通貨アメリカドルの強さにはまだまだ遠く及ばない割合だと言えるでしょう。
ペトロダラーシステムが実現した経済大国と軍事力
上述してきたアメリカの強い経済力は、ペトロダラーという強力なスキームがないと成り立ちませんでした。
「石油を中東諸国から買うし、軍事力の支援も兵器の提供も惜しまない。石油の決済はドルで行ってほしい。見返りとして石油で得た収益でアメリカ国債にしてほしい」
このような枠組みで中東諸国から得た資金は、軍事力強化のための資金になりました。
密約から時間がたち2000年後半からアメリカでシェール革命が起こったことでアメリカが世界一の産油国となってから、かつて密約が結ばれた時のアメリカと中東諸国の関係性は激変しています。
ココがポイント
ウクライナ侵攻後BRICKSがアメリカドル離れが起こりましたが、しかしながらアメリカドルがこれまで築いてきた基軸通貨の地位や汎用性が高いアメリカドルに並ぶような通貨もない、というのが事実となっています。
ペトロダラーとアメリカの未来
これまでの世界経済は石油関連企業がが牽引してきましたが、石油資源の枯渇がかなり深刻となり、この深刻さが増すごとに「石油にとって代わる資源が情報・IT技術」となりました。
2007の世界の時価総額ランキングでは、以下のとおり石油と石油を要するモビリティ企業が占めていましたが、2024年のランキングは上述した通りIT企業が上位を独占しています。
2007年の世界の時価総額ランキング
- エクソンモービル(アメリカ)
- ペトロチャイナ(中国)
- ガスプロム(ロシア)
- ゼネラルエレクトリック(アメリカ)
- ペトロブラス(ブラジル)
2007年はまだ石油主導の時代ですね。
さてこれまでの世界の諸国の動きを以下のように整理すると、争点は「中国がアメリカ経済を凌駕するタイミングがいつになるか?」になります。
-
- 強いアメリカ経済は2024年現在疑いの余地がない
- BRICSがペトロダラーシステムから離れつつあるが、ペトロダラーは完全に瓦解しているわけでもない
- 次なる覇権国候補である中国は2023年不動産バブルが崩壊、中国経済の3-6割を占める不動産業ゆえ余波が未知数
ワシントンリヤド密約は50年もの間アメリカ経済の礎となりました。このペトロダラーにまつわる密約・合意によってドルの基軸通貨のポジションが構築された以外の何物でもないでしょう。
この出来事と全く同じようにペキンリヤド密約は起こりえますし、その後の世界経済を揺るがすような激震となる可能性はあります。
しかしながら、アメリカの覇権国と基軸通貨の地位はしばらくの間失われることはありません。なぜなら中国と中国人民元は以下の3つがまだまだ不足しているからです。
- 市場の整備:決済手段として人民元の利便性や融通性を向上させる
- 金融市場での人民元の価値向上:国際通貨として必須の価値貯蔵機能の向上(人民元の流動性・市場へのアクセス)
- 中国そのものと人民元の情報開示と透明性
中国の人民元はクローズドな通貨で以下のとおり融通性がほぼありません。この状態で基軸通貨にはなりえないので、相当の時間を経て基軸通貨としての汎用性が必須だと考えらえています。
ココに注目
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